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コンビニの話2

僕はよくコンビニで安い水とカロリーメイトを買うのですが、朝早く行ったときレジを打ってくれるのは、大抵の場合において中国人らしき店員さんです。
若い女性の店員さんなんですが、これがすごく無愛想で、客を見る目をしていない。喜怒哀楽がまったく感じられぬ、虚ろな瞳で接客をするのです。
もっとも、僕もかつてレジを打つ系のバイトをしていた頃、万札を出された途端露骨に態度が雑になるなど荒んだ時期があったので人のことは言えません。彼女のことは人生の先輩として暖かく見守って参りました。

そんな彼女は最近、僕が毎回レシートを要求することを覚えてくれたようで「ください」と言わなくても「どうぞ」とくれるようになったのです。正直、週三レベルで朝から顔を合わせるのに辟易していたけども、店を変えようかと思ったこともあったけども、愛想が悪いだけでいい奴じゃないか…やはり人は見た目で判断してはならない、根気よく付き合えば分かり合える日が来る。いつしか僕はぬぼーとした目で虚空を見つめる彼女に海を越えた友情を感じるようになっていました。

さて、今朝のことです。今朝のコンビニはいつもと様子が違いました。様子というより空気が違う。どうかすると照明の明るさすら違うのではないか? そう錯覚させた原因は件の中国人の彼女…ではなく、その隣で満天の笑顔を輝かせていた日本人の店員さんでした。
この店員さんがとにかく可愛かった。女の子で、二十歳前くらいでしょうか、入店してくる客すべてに目を合わせて元気いっぱいの挨拶をするのです。それもうるささや鬱陶しさを感じさせない程度の、朝に合わせた心地のよい元気いっぱいさ加減です。これは一体全体どうしたことか。この時間に中国人の彼女とコンビを組んでいたのは、立ったまま居眠りをしてレジに物が置かれるとビクッと目を覚ますおばちゃんだったはずです。こんな天使のような子がいつからこの店に降臨したのでしょう。
かたや、いつもの中国人の彼女はどうかと言えば、二つあるレジのうち、可愛い彼女がいない方のレジにつっ立ってマグロのような顔をしていました。その朝コンビニでは、天使とマグロ、拮抗する陽と陰がくっきりと太極図を形成し、中国四千年の歴史を顕現させていたといえるでしょう。

僕はいつものように、安い水とカロリーメイトを手に取り、レジに向かおうとしました。そこで、ふと考えたのです。

(今僕は、当然のように可愛い方のレジに行こうとしていなかったか?)

まるで吸い寄せられるように、引き寄せられるように、男としての本能がそう導き、形なき世界の理から当然の運命として示されたように、僕は可愛い方のレジに向かおうとしていたのです。その事実に気づいた僕は、幻覚から目覚めたような気持ちで詰まっていた息を吐き出しました。可愛い方のレジには、列こそ出来ていないものの、コンスタントに客が訪れ、彼女の笑顔と商品を受け取っています。新聞を買う老人も、缶コーヒーのボスを買う作業着姿の男性も、全てが彼女の元へ向かっていました。彼らもいつもは、同僚を手伝いもせずに隣のレジで天井のシミを数えているらしき中国人の彼女から買っているはずなのにもかかわらず、です。

安い水とカロリーメイトを握りしめる僕には、彼女たちの間にルドマンが見えました。ルドマンとは、ドラゴンクエストVというゲームに登場するキャラクターなのですが、ここでの説明はまあいいでしょう。とにもかくにも、僕が置かれていた状況は、ビアンカを選ぶかフローラを選ぶかというそれに酷似していたのです。

本能に従うのであれば、当然可愛い方のレジでした。一対一の状況で僕だけのために発せられるその声を聞きたかったし、僕だけのための笑顔を見たい。しかも、彼女は次いつ会えるかわかりません。もしかしたら、これからしばらくシフトが固定される可能性はあって、だとすれば大変な幸せではあるのですが、単なるヘルプである場合も多いにありえます。であれば、今後会う機会はほぼないと言っていいでしょう。

一方で、中国人の彼女は、このごに及んでなお愛想がない。というより表情がない。これから始まる長い1日をしのぐ元気をくれるとはかけらも思えません。しかも確実に週三で会う。

僕の足は可愛い方のレジに向かいかけました。歩きながら財布を取り出して、ふと思い出しました。
この財布の中には、レシートが入っています。僕が毎回レシートを欲しがることをようやく覚えてくれた彼女が、自発的に渡してくれたレシートです。毎日たくさんの客が訪れるコンビニにおいて、一人一人のことを覚えるのはきっと大変なことに違いありません。人の流れがはやい朝ならなおのことです。
僕は財布を見つめたあと、踵を返して中国人の彼女が待つレジへ向かいました。可愛い方の彼女のレジでは、またサラリーマンが何かを買っていました。その笑顔は間違いなく可愛い。もう拝める機会もないかもしれない。
それでも僕は、小さな島国と大陸に掛かったレシートという名の架け橋を信じることにしました。そこに後悔はありませんでした。

いつものようにぶっきらぼうな片言で、彼女は値段を言いました。僕は穏やかな気持ちで小銭を取り出します。彼女は受け取ると「ありがとうございました」と告げました。

そして、レシートをくれずに背後の流し台を洗い始めました。

おわり