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Medapani Blog

メダパニブログ

言葉の壁の話

昨日暇つぶしに寄った某複合施設からの帰りのことである。
某複合施設からはシャトルバスが出ているのだが、帰りにそのバスに乗るためには、施設内のお店を利用したときに貰える乗車券が必要になる。僕は温泉に入ったときに貰っておいた乗車券を強面の運転手に見せてバスに乗り込んだ。平日の昼間ということもあってか、バスの中は老人たちでいっぱいであった。

席を確保してひと息ついていると、若い男の3人組がバスに乗ろうとやってきた。使っていた言葉からするとおそらく中国人である。3人ともどちらかというと地味な見た目で、日本人でいうとオタク友達のような感じだった。
彼らは当然と言うべきか、無理もないと言うべきか、乗車券の存在を知らないらしく、何を見せることもなくバスに乗ろうとした。強面の運転手がすかさずストップをかける。

「乗車券ありますか?」
「???」

どうやら彼らは日本語がほとんどわからないようだった。3人で驚いたように顔を見合わせている。
運転手もそれを察したようで、一言ずつ強調しながら言った。

「今日は、いいので、次回から、注意して、ください」

それは運転手なりの温情措置だったのだろうが、肝心の彼らは日本語がわからないのである。
加えて、運転手の顔、喋り方はかなり威圧的であった。運転手自身に悪気はないのだろうが、眉間に刻んだシワをさらに深くした強面と、ドスの効いた押し付けるような声は、僕が聞いても気分のいいものではなかった。

彼ら3人は、怖い運転手から乗車を拒否されたと思ったに違いない。怯えたようにいそいそとバスから降りようとした。
すると運転手、慌てたように声を荒げる。

「乗っていいって言ってるの!!」

残念ながら、これも彼らには何か怒鳴られたようにしか聞こえなかったことだろう。
異国の地で乗車拒否(勘違い)を食らった挙句、背中に罵声(勘違い)を浴びせられる善良なオタクたちの姿がそこにあった。運転手の言葉はもちろん逆効果であり、オタク3人のうち2人は逃げるように下車し、取り残された1人も困惑した様子でどうしたらいいのか、この日本人は何を言っているのかと迷っているようだった。

次に動いたのは、それまで事態を静観していた乗客の老人たちであった。元々義理人情に厚い世代の彼らは、悲しいすれ違いを放っておけなかったのか、1人残った彼に向かって「乗っていい」「こっちに来い」と身振り手振りで呼びかけ「(バスに乗って)いいって!いいって!」と口々に言った。
ところが気が短いのもこの世代の特徴か、ほとんど全員が「これだけ言ってもわからんのか」という気持ちを顔にあらわし、穏やかとは言えない語調である。

言葉がわからない彼からすれば、運転手ばかりか乗客までもが自分にブーイングを飛ばしているようにしか見えなかったに違いない。拒絶と敵意による暴動。まるでバスはおろか日本から出て行けと言わんばかりの仕打ちである。
念のためことわっておくと、老人たちにまったく悪気はない。誰もかれもが国際問題に発展するのを回避しようと動いていたに過ぎないのだ。

僕の後ろに座っていた年配の男性が「意味が通じてないんだ。こんなやりとりじゃダメだ」ともっともなことを言い、僕はようやくまともな奴が出てきたかと思った。その男性は大きな声で言い聞かせるように言った。

「乗車券 が ない と 乗れません !!!」

僕は前言を撤回した。

悪化の一方を辿る事態の中、前の方の座席に座っていたおばちゃんがにこやかに手招きをして自分の隣の座席をぽんぽんと叩いた。彼はまだ不安そうではあったが、おずおずと席に着き、外に出ていた2人も警戒しながらバスに乗り込んだ。一同がホッとし、僕はおばちゃんかっけーと思った。すると、僕の後ろから声がした。

「次から は 乗車券 が いります !!!」

うるせえジジイと僕は思った。
とはいえ、今回僕は困っている人を前に傍観に徹した酷い奴だった。それどころか運転手や他の乗客の対応に心の中で文句ばかり言っていた。中国から来たであろう彼らも楽しい旅行に水を差された形になったかもしれない。

中国語か、せめて英語を使えたらとも思うが、それができなくたって勇気とジェスチャーがあればなんとかできたことだったと思う。
昨日の事件は言葉の壁が生み出した悲劇であったが、各々が国際化していく社会についての問題点を持ち帰り検討したに違いない。
人類はまだまだ、未熟な子供なのである。

おわり