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ナルシストになりなさいの話

「字を書くときはナルシストになりなさい」

というのは、とある書道家の名言である。その書道家とは僕が子供の頃住んでいた家の近所にあった書道教室の先生である。ちなみに別にテレビに出たことがあって有名だとかそういうことはなく、普通の習字の先生である。僕はまあ、割と長い期間その教室に通っていた。先生は女性で、安易な一言で済ませるとサバサバした人だった。「女性の年齢は顔ではわからないから、指を見て判断するようにしなさい」と聞いたのはたしか小学校5年生の頃である。今思えば子供に教えることではないが、僕はそんな先生を尊敬している。僕は教師という存在があまり好きではない人生を送ってきたが、心から「先生」と呼んで敬愛する人は、その書道の先生、大学のゼミの先生、鈴木先生、アバン先生、シタン先生などに限られる。意外と多いわ。

で、「字を書くときはナルシストになりなさい」との言についてであるが、師曰く「カッコいい字はカッコいいイメージから生まれる」そうであり、そのためには自分がカッコよく字を書いている姿を強く想像することが必要不可欠である、とのことである。
字を書くことはスポーツに似ているとも先生は言っていた。野球にしろサッカーにしろバスケットにしろ、水泳にしろマラソンにしろ体操にしろ、記録を出したり人を魅了したりするプレーをできる人の姿は、必然的にカッコよく美しいものとなる。書道も同じで、自分がカッコいい姿勢で書いている姿をイメージできない限り、カッコいい字はついてこないとの論理であった。

しかし、子供が通う書道教室である。「綺麗な字」を教えるならまだしも「カッコいい字」を教える必要性があるのだろうか。書道甲子園に出るわけでもなし。だが、これには一応ちゃんとした理由がある。僕は人よりかなり筆圧が強く、字の大きさやバランスもめちゃくちゃで、はっきり言って何年教室に通っても、いわゆる「美しく綺麗な字」を書くには至らなかった。そこで僕は勝手に「読みやすければ個性的な字でもいいですよね」との方向に転換して「綺麗な字は書けないのでカッコいい字を書けるようになりたいです!」と生意気なことを言った。その結果、先生が与えてくれたありがたいお言葉が「字を書くときはナルシストになりなさい」というものだったと、そういうわけである(どうでもいい)。

先生が書道をスポーツにたとえたように、何事においても自分が上手く物事を成し遂げる姿や、カッコよくキメる姿をイメージすることは大切だと僕は思う。僕も先生の教えを胸に、人に会う用事で出かける前にはシャワーを浴びたりしながら必ず、自分が爽やかかつ軽快なトークを持って会話を主導し、和やかで上品な場を演出する妄想をする。

しかして、それは上手くいった試しがない。絶対どもるしキョドるし相手の目を見て話せない。まだまだ修行が足りないようである。

おわり