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Medapani Blog

メダパニブログ

服がない・夏の陣

暑くなってきた。衣替えを考え始める時期だが、替える衣がない。春先に一度、同じような話を書いた気もするが、僕は服を買うのが大変苦手である。キラキラスマイルのオシャレ店員さんに対してどうしても謎の劣等感を感じてしまい、店の敷居を跨ぐことすらままならない。

しかし、このままさらに暑くなっていくと、本格的に着る服がなくなってしまう。というか、去年僕は何を着ていたのか恐ろしいことに全然思い出せないのである。クローゼットや衣装ケースを漁っても、まともな夏服が何ひとつとして出てこない。薄汚れた布切れみたいなTシャツばかり。あとズボンもない。昨日ちょうど、愛用していたジーンズの内股のところが摩擦ですり減り破れてしまったのである。もはや八方ふさがり。外に出られない。

こういう場合はネット買いしかないが、あれはある種のギャンブル的行為であることに最近気付いてきた。正直に言うと、3着買ったうちの2着はあまり着ずに終わる。ネットで見た感じと届いたときのギャップがあることが珍しくなく、色やサイズ、生地の肌触り、透け感なんかは届いてみないとわからない。特に白い服の透け感はとんでもなく透け透けであることが多く、普通に肌色が透けてほぼ変態のように見えることも少なくない。その場合はもちろんお蔵入りとなり「ちっ、やっぱ白は透けるなー。いらん」と脱ぎ捨ててきたが、よくよく考えるとあまりに勿体無くバカバカしい行為である。普通に服屋に行けば買う前にわかることだからだ。ネットで買える服はかなり安いため「リアル服屋で買うくらいならハズレ引いてもネットで買うわ」というやり方も成立するだろうと、これまでは考えてきたのだが、どれだけ安かろうが、どうせ3着中2着を着ないなら、3着分の値段でも絶対に着る1着を店で吟味し直接買った方が合理的であるに決まっている。

では「リアル服屋でリアル店員とリアル接触をしなくてはならないのが嫌だ」というそもそもの問題はどう解決するのか。いわば、この接触を避けたいがために多少のリスクを背負ってきたわけである。服2着分の犠牲と引き換えだったのだ。が、本日僕はなんと、訳あってそこそこオシャレなカフェ的なところに1人で入ったのである。そして、カルボナーラのパスタと食後のコーヒーを頼んだのである。「カルボナーラと…あと、食後でいいのでこのコーヒー」メニューを見ながら慣れた風を装い、そんなセリフを自然にはいたとき、僕は「意外とどこへでも行けるのではないか」との可能性を感じた。僕の先生は「出来ないこととやったことがないことは違う」と言っていた。そのとおりである。僕がこれまでの人生で、リアル服屋で服を買おうと試みたことは一体何度あったか。片手の指で足りるくらいしかない。そう、ほぼ「やったことがない」と同義である。

僕は晴れやかな気持ちでカフェを後にした。明日あたり、服屋にでも行ってみようか。そんな気分が胸に満ちていた。すると、駅前の広場で大学生らしき男女が集団を成してウェイウェイ言っていた。これから飲み会か何かに行くのだろうか。みんなオシャレでキラキラしていて若さが眩しい。服屋の店員さんってああいう人たちがなるんだろうなあ。だとすると僕はあの中に飛び込んで行かねばならないのか…とぼんやり考えた。

うん、まあ…また今度でいいかな。

おわり