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Medapani Blog

メダパニブログ

とりとめもない話16

・街中でスマホをいじっている人を見かけるやいなや、まず『ポケモンGO』のプレイを疑うレベルになってきている。かくいう僕も御多分に洩れずインストールしてみたが、そこまで重度にハマっているわけでもないので特に語ることもできなければ、攻略法について書くこともできない。ではなぜこの話題を出したかというと、適当に『ポケモンGO』というワードを出しておけばブログのアクセス数が上がるのではなかろうかと、浅はかなことを考えたからである。

 

では、そんなことを考える程度にはアクセス数向上に興味があるのかというと、全然そんなことはない。この際書くと、毎日更新するのをやめて以降のこのブログの1日あたりのアクセス数は、何か書いた日で20件くらい、何も書かない日で10件くらいである。他の方のブログで「1ヶ月で○万PV達成!」みたいな記事をよく見かけるが、そういうのに比べるとほぼ読まれていないも同然である。が、1日に少なくとも10回ほどアクセスがあるということは、毎日数人の方が僕のブログを読んでくれているということになる。外界との関係を閉ざし、紙のノートに向かってひたすら鬱々とした日記を書いていた頃に比べると、なんと幸せなことだろうか。定期的にチェックしてくれている方がいるのか、毎日偶然10件前後過去記事へのアクセスがあるのかわからないが、大変嬉しいことである。

 

ちなみに僕は、「ブログのアクセス数っていつもどれくらい?」と尋ねたときに「こないだ○万PV達成したよ!」と答えてくれる女の子よりも「1日にひとりかふたりくらい…かな」と、少し寂しそうに教えてくれる、アクセス少ない系女子の方が好きである。グッとくる。もしいたら可愛すぎて抱きしめたくなる。そして捕まる。

 

 ・僕は三十路前の男だが、過去の話をする際、「子供の頃に〜」という前置きをすることに微弱ながら抵抗を感じる。それは、自分が未だ精神的に全く大人になれていないとの自覚からくる感覚であろうと思う。「子供の頃に〜」という前置きを使うと、僕は大人だということになる。年齢的には間違いなく大人だし、むしろ大人として自覚と責任を持たなくてはダメなのだが、しかしその中身が人に胸を張れるような大人に達していないことは、僕の中で疑いようのない事実である。

 

とはいえ、立派な大人になりたいとは常々思っているのである。今朝方、母親に「心に余裕があって、いつも冷静さを忘れず、それでいて温かみのある朗らかな人間になりたい」と相談したところ「その歳で母親に相談してる時点でムリ」と言われました。そうだね。その通りだね。

 

ちなみに最近一番なりたい大人は『あさが来た』で玉木宏がやってた役の人である。僕もあんな風に、いつも自然体で包容力のある人間になりたい。こんなところに書いている時点でムリだろうけど。

 

おわり