Medapani Blog

メダパニブログ

老いを受け入れる

年が明けてからというもの、どうにも体力面に不調が続いている。仕事の疲れが休日中に回復しきっていないようで、常にどことなく疲労や倦怠感につきまとわれている。そのきっかけは、老いを受け入れ、疲れを自覚するべきだと考え始めたことにある。よくよく思い返してみれば、僕は少し前まで「疲れる」ということについて無頓着だった。周囲の人たちを見たとき、どんよりした雰囲気や苛立った様子を感じて、ああみんな疲れているんだなあと思ったことはあったが、自分が疲れているということに対しては深く考えてこなかった。「最近疲れている」「仕事滅びろ」と口に出したりブログに書いてみたりしても、それはどこか自虐混じりの冗談であって、本気ではなかった。しかし、年が明けてからというもの、僕の意識は改革された。薄汚い鏡にうつった小汚いおっさん(僕)のツラを見たからだ。もう歳も歳だ。もっと自分を労わるべきではないのか。自分は疲れている。きつい。大丈夫じゃない。休みたい。そう考えると、体の底から疲労が湧き上がってきた。これまで自分で自分をごまかし、見て見ぬ振りをしてきた疲れが、僕の全身に広がって浸透した。それ以降、僕は以前より確実に疲れやすくなった。いや、疲れていることを素直に受け入れられるようになったのだ。これを悪いことと捉えるか、良いことと捉えるかは難しいところだ。

 

そんな話を母親にしたところ、自分もそうだと強く同意してくれた。してくれたが、母親が疲労に対して僕と同じように感じ始めたのは60歳を過ぎてかららしい。ですよねー、普通の大人はそうですよね。社会舐めてた。僕は単なる運動不足の体力無しの豚野郎だった。

 

おわり